コラム

【過労で倒れた体験】仕事やめて人生踏み外しても意外と楽しい

8年前、ぼくは過労で倒れました。

今回はそのときの様子と倒れる前の症状、回復するまでの道のり、そして倒れたからこそ伝えたいことをまとめました。

今、過労で倒れそう・倒れたいという人には、一度見てほしいです。

アロハ
アロハ
終電で倒れて救急車で運ばれました。

目を開けたら病室だった

気がついたら、見知らぬ部屋で寝ている自分。

頭と体がひどく重くて、自由に動かせません。

それでも、まわりを見渡したら自分が寝ているベッドと室内のインテリアで病院だということを何とか理解。

そして、ベッド脇には同棲中の彼女(今の嫁さん:以降嫁さんと呼ぶ)が真剣な顔で見つめていたんです。

そして、ぼくと目が合った瞬間に泣き始める嫁さん。

そこで気づきました。

「自分は過労で意識を失って病院に運ばれたんだな」と。

過労とストレスで倒れるまで働いた日々

当時、ぼくは30歳目前。

嫁さんと結婚の約束もしていました。

でも、当時の仕事は不安定で収入も少なかったので、しっかりした仕事に就きたいと思っていたんです。

そこで、たまたま転職活動中に知り合った人に「うちの会社で新規事業を始めるんだ」と誘われることに。

今より月収が上がることと、新規事業が軌道に乗れば昇進&月収アップということで入社を決めました。

でも、この決断が最悪の結果を招くことになります。

アロハ
アロハ
タイムマシンがあったら、ここだけは本当にやり直したい。

最低最強のパワハラ上司

そして、ぼくを誘ってくれた人が直属の上司になることが決定。

新規事業ということで、この人とぼく、そして女性の事務スタッフの3人で部署をスタートさせることに。

ただね、この上司がマジでやばかったんです。

最低最強のパワハラ上司でした。

今までぼくもかなりのブラック企業に勤めたこともありますし、元暴走族のパワハラ上司と仕事をしていたこともあります。

東京のスクランブル交差点で深夜に土下座をして蹴られた経験もあります。

今回は会社的には普通だったのですが、このパワハラ上司が半端じゃなかったです。

というよりクソ野郎すぎました。

パワハラ上司のクソっぷりの一部を箇条書きにすると

  • 一日の大半はyoutubeを見て過ごす
  • ときどきメールをして仕事終了
  • 会話は女子大生との不倫の自慢話とぼくの仕事のダメ出し
  • 息を吐くように嘘を吐く
  • セクハラがひどくて女性スタッフが1ヶ月で出社拒否
  • 成果は自分のおかげ、ミスはぼくの責任
  • 社長への激しい「部下が使えない」アピール

こんな感じの最強のパワハラ上司なので、本当に手がつけられませんでした。

アロハ
アロハ
控えめに言ってクソ野郎でした。

1日20時間働く日々

でも、当時のぼくは従順だったのと、嫁さんとの結婚のことを考えて仕事に打ち込むことにしました。

ただ、パラハラ上司の分とセクハラで出社拒否になった女性スタッフの分まで仕事をカバーしていたので、半端じゃない仕事量に。

そして、この上司のやばいところは平気でお客さんや社長に嘘を付くので、その嘘を取り繕うためにさらに仕事が増えるんです。

しかも、少しでも仕事が終わっていないと、最低でも30分ほどの説教タイムに突入するという驚きの仕組み。

結果的に週6日は20時間ほど働いて、休日も6時間ほど仕事をする生活を続けました。

毎日、疲労とストレスが溜まる日々。

当然、嫁さんと過ごす時間は激減して、ふたりの将来のために転職したのに「仕事なんだからしょうがない」「今はガマンしてくれ」という言い訳とケンカが増えていきました。

自分に起きた過労の代表的な症状

こうした生活を3ヶ月ほど続けた結果、過労とストレスで自分の体に変化が起き始めます。

  • 深刻な睡眠不足
  • 目の焦点が合わない
  • 表情がなくなる
  • 謎の頭痛に悩まされる
  • 寝ても疲れが全く取れない
  • 全身のだるさ
  • 手足のしびれ
  • すぐ息切れする
  • 仕事が不安で眠れない

こうなってくると精神状態もやばくなってきます。

「自分さえがんばればいいんだ」

「疲れは気のせいだ。気力でカバーできる」

「ここを抜ければ、きっと楽になる」

「弱音を吐くのは、心の弱いやつのすることだ」

もう、通常の思考ができなくなって、疲れも合わさってミスが目立つようになっていきます。

そして、そのミスの埋め合わせをするために、さらに仕事をすることに。

アロハ
アロハ
駅のホームで電車に飛び込むと楽になるって本気で考えたこともありました。

終電の地下鉄で倒れて意識を失う

その日は突然やってきました。

過労で肉体的にも精神的にも限界。

頭と体は重くて、自分が歩いているのか、話しているのか、キーボードを打っているのかさえ分からなくなっていました。

精神的にもやばくて、思い返すとうつ病の一歩手前という感じ。

そして、いつものように終電で帰っている途中、最寄り駅で電車を降りたあとにぼくの体はパタッとシャットダウンをしたのでした。

倒れるところを見ていた駅員さんの話だと、その場でスイッチが切れたように崩れ落ちたとのこと。

そして、声をかけても動かなかったので、救急車を呼んで病院まで運ばれたそうです。

病院で気が付いて、ベッド脇で泣く嫁さんを見て「あーやっちまったな」と思いました。

入院中も上司からバンバン電話がくる

朝を迎えて、上司に倒れて入院したことを伝えても、返事は「分かりました」のほかに業務的なやり取りをしただけ。

昼過ぎには社長と役員が見舞いに来てくれましたが、上司は顔を出しません。

社長からは見舞金を渡され、役員には倒れた経緯を話しました。

そして、5日間ほど病院で治療や検査をすることになるのですが、その間も上司から業務関係の電話がバンバン入ります。

そりゃ、業務はほとんどぼくが回していたので、それが急にいなくなって困るわけです。

でもね、過労で倒れた部下に電話をガンガン入れるって、コイツ鬼やなと思いました。

過労で倒れて気づいたシンプルなこと

それでも何とか会社の業務は回り始めたようで、「自分はいなくても会社は大丈夫なんだな」と気づきました。

そして、入院している間、家族や嫁さん、友人は毎日のようにお見舞いに来てくれます。

そんな日々を過ごすなかで、自分のなかで1つの想いが生まれました。

それは「会社には自分の代わりはいるけど、家族や友人には自分の代わりはいない」というシンプルなこと。

こうして、自分のなかで会社に残るという選択肢はなくなっていきました。

職場の全てを捨てて逃げるように退職

病院での検査の結果、ひどい過労状態とストレス過多のほかには悪いところはなかったので5日で退院することができました。

検査結果を伝えてくれた先生からは、このままいけば過労死もありえるし、うつ病になる確率もとても高いので、できることなら退職したほうがいいというアドバイスをもらいました。

うん、もうそのつもりです。

自宅でも1週間ほど療養したあとに会社に出社しました。

出社すると、ぼくの机には書類がガッツリ置かれていて仕事がメチャクチャ溜まっています。

病み上がりの部下に仕事をたんまり用意しておくって、なかなかの鬼畜仕様です。

アロハ
アロハ
療養明けに、「今日は何時まで残業できるの?」って聞かれましたw

そして、上司とふたりで面談。

要約すると「メンタルの弱いお前を俺がサポートしてやる」ということでした。

ここまでくると逆におもしろいですね。

その場で退職することを伝えて面談終了。

「ここで逃げたら一生負け犬」「ここで続かないやつは、どこ行ってもダメ」「俺についてくれば一流のビジネスマンになれる」とか言われましたが関係ありません。

退職時期については交渉したのですが1ヶ月後ということになりました。

法律的には最短2週間でやめられるんですが、まだ体力・精神的に回復していなくてガッツリ交渉することができませんでした。

もう1ヶ月後でもやめられるなら十分です。

退職することを嫁さんや家族に伝えたら、本当に安心した顔で「よかった」と言ってくれました。

退職までの期間、上司からは「お前がいなくなって、この仕事量を誰がやるんだ」「助けてくれよ」「今から考え直せ」とか言われましたが聞こえないふり。

退職が決まってからも1日12時間以上は働いていましたが、人間はゴールがあるとがんばれるんだなと思いました。

そして、出社最終日。

一応、本当にいろいろと世話になった上司にカタチだけ「ありがとうございました」と伝えましたが、一言「おつかれ」で会話は終わり。

回復するキッカケは嫁さんの「おいしい」

退職してからは、ほぼ寝て過ごす日々でした。

はっきり言って何もやる気が起きません。

あきらかに燃え尽き症候群。

もう、真っ白に燃え尽きちゃってました。

1ヶ月経ったあたりからはやっと普通に生活できるようになったので、小説やマンガを読んだり、ゲームをしたりして過ごすことに。

嫁さんはそんなぼくを見ても文句の1つも言わずに、仕事から帰ってきたらごはんを作ってくれます。

そんな嫁さんの姿を見て、せめて夕食くらいは作ろうかなと思うようになりました。

たまたま家の近くに、鮮度・品揃えともに抜群のスーパー「オオゼキ」があったので、食材を買ってきて簡単な炒めものの準備と味噌汁を作って嫁さんの帰りを待つことに。

そして、嫁さんに手料理を振る舞ったら、「おいしい、おいしい」と本当に喜んで食べてくれたんです。

そんな姿を見て、こういうのっていいなと素直に思いました。

それからは下手ながらも夕食を作り続けて、嫁さんに食べてもらう日々。

いつのまにか夕食だけでなくお昼のお弁当まで作るようになっていました。

アロハ
アロハ
じつはキャラ弁も作ったことがあります(笑)

自分の「楽しい」を強みにして独立した

2ヶ月が過ぎる頃には立派な料理好きになっていて、友人を招いてホームパーティーをしたり、料理ブログを書くようになっていました。

人に「おいしい」と言ってもらえたり、自分が考えたレシピの反響があるとすっごく嬉しかったんですよね。

こうして少しずつ心と体が復活してきたので、転職もしました。

ただ、もう会社や組織を信じることができなくなっていたので、独立できる道を探すことに。

途中、何を考えたのか大学院に行っちゃって、もはや人生の迷子状態でしたけど。

アロハ
アロハ
大学院2年間は、まさに嫁さんのヒモ状態。。。

でも、最終的には「自分が楽しくて、人に貢献できることは何か?」と考え抜いて、料理の知識と経験を活かした情報サイトを作った結果、収入が得られるようになりました。

こうして、今はフリーランスとして独立して、ブログや情報サイトを作って生計を立てています。

過労で倒れそう・倒れたい人に伝えたいこと

過労で倒れたぼくが、倒れそうな人に伝えたいことは2つあります。

ツラかったら逃げてもいい

まず1つは、倒れそうなほうどツライなら仕事から逃げてもいいということ。

具体的にはさっさと仕事をやめる。

今の会社が大好きでやめたくない場合は、仕事内容の変更や見直し、休職をしたほうがいいです。

過労状態が続くと、心と身体のどちらかが確実に壊れます。

どちらが壊れてもなかなか治りづらく、人生にマイナスの影響を及ぼします。

そして、よっぽどいい会社ではない限り、責任は取ってくれません。

壊れた自分と向き合うのは、常に自分と家族です。

辞めさせてもらえないなら、労働基準監督署に相談する、診断書を持っていく、退職届を内容証明郵便で送りつけるといった方法を使いましょう。

安易に退職を勧めるなという意見もありますが、心身が壊れてからでは転職・フリーランスどちらにしてもハンデになるので、壊れる前にやめたほうがいいです。

あなたを大切にしない人(上司や会社)を、あなたは大切にしなくてもいいんです。

今の仕事が自分の幸せにつながっていないのだったら、心身を壊す前にさっさと辞めましょう。

みっともなくてもいいし、世間体とか、まわりへの迷惑とか考えなくていいから、とにかく逃げてください。

元気に生きてるだけでいいんです。

大丈夫、一度休んでそれからまた動き出せばいいんです。

この世界には体験してない素晴らしいことがたくさんある

もう1つ知っておいてほしいのは、過労で倒れそうになるほど自分の人生を仕事に捧げるのはもったいないということ。

この世界には素晴らしいことが溢れています。

だから、それを楽しんだほうがいいと思うんですよね。

過労で倒れてから、自分のやってみたいことや体験してないことは積極的にやると決めています。

ぼくはどちらかというと人生ドロップアウトしちゃっている組。

だって、ぼくの経歴って職務内容バラバラだし、転職回数メッチャ多いし、所属した会社は小さいブラック企業が多いので、ハッキリ言って転職活動してもどこも雇ってもらえません。

どうせドロップアウトしたダメな大人なら、ダメな大人なりに人生楽しもうと思っています。

ハワイで夕日を見て、心が洗われるってこういうことだと思いました。

夏にカナダで見たオーロラ。

写真だとオーロラはカラフルに写るけど、実際は雲のようなモヤがぐわんぐわん波打つように動くって知って驚きました。

ブロードウェイで見たレ・ミゼラブルは人生最高の時間の1つ。

主演がアルフィー・ボーだと知らずに行ったら、凄すぎて次の日は最前列のチケットを取って観ました。

あまりの演技力と歌声に感動して、脳で処理できる情報量がオーバー。

もう少しで失禁するかと本気で思いました。

パリで食べたエビのスープはうますぎて5日連続で通っちゃいました。

スタッフに「お前、また来たの!?」と顔なじみに。

ローマで食べた老舗のジェラートは脳を揺さぶるほどのおいしさ。

ジェラートの概念が変わってしまうほどの逸品でした。

カプリ島の青の洞窟は本当に青く輝いて素晴らしいんだけど、ボートを漕ぐスタッフが歌うという謎のシステムは全く理解できなかった。

ルーブル美術館で見たミロのヴィーナスの背中は美しすぎて、1時間ほど見とれていました。


和歌山にあるリゾート大島キャンプ場の星空は、本当に一面の星空で手を伸ばせば届きそうなほど。

富士山から登る朝日は日本に生まれてよかったなぁと再認識できました。

今の仕事はフリーランスで仕事時間をコントロールできるから、大好きなカヤックを毎日することもできます。

毎日、お気に入りのアロハが着られる生活も気に入っています。

昔は仕事をやめたら人生終わるんじゃないかと思っていましたけど、ドロップアウトして人生踏み外しちゃっても意外と大丈夫で楽しいです。

仕事はフリーランスで不安定だし、将来のこととかいろいろ不安だけど、そのときどきで自分の全力を尽くしていけば道は拓けると思っています。

まとめ

過労で倒れた体験について書きました。

過労で倒れそうな人には、仕事をやめてもどうにかなるし、ドロップアウトしても人生楽しめるってことが伝われば嬉しいです。

そして、何よりも逃げることは悪いことじゃないし、あなた自身が元気で笑っていることが家族や友人の願いだということを覚えておいてください。

少しくらいまわりに迷惑をかけたっていいんです。

あなたが元気なら。

本当にダメだったら、その場に座り込んでください

このページを見ているということは、過労で倒れる寸前もしくは倒れたいと思うほどツライということです。

「まだやれる」「もっとがんばらないと」と思っているかもしれませんが、倒れた経験をもつぼくから見ると危険サイン。

というか精神限界ラインです。

まずは1日だけでもいいので休みをとりましょう。できれば2〜3日。

ズル休みだろうが仮病だろうが構いません。

適当に休む理由を見つけて、とにかく休む。

そして、心療内科や労働基準監督署に相談しましょう。

相談するのは時間的にも心理的にもハードルが高いという方は、厚生労働省に電話相談の窓口があるので電話をかけてみてください。

同時に次のステップに進むための準備もします。

とは言っても体力的にも精神的にもガッチリ転職活動をすることは難しいと思います。

なので、面倒な入力なしに5分で登録できて、企業から自動的にオファーが届く転職サイト「ミイダス」に登録してみてください。

ここなら、キャリアアドバイザーと面談せずに、自分がどれくらいの年収で転職できるかやどんな企業が自分に興味を持つかといった情報収集ができます。

あとは家でただひたすら寝て、体力と気力を回復させてください。

ゆっくり休めば考える力が戻ってきて、今まで見えてなかった選択肢も見えるようになります。

なお、ここまで紹介した方法ができないほど体と心が疲れ切ってしまっている場合は、とてもキケンな状態なので最終手段を取りましょう。

通勤中に安全な場所で座り込んでください。

そして、近くにいる人に「動けません。救急車を呼んでください」と言ってください。

これだけでいいんです。

こうすれば入院もしくはまとまった休みがとれて、自分の心と体を回復させることができます。

どうかぼくみたいに倒れるまで働いて、救急車で運ばれるようなことにはならないでください。

ぼくからのお願いです。

面接確約
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アロハ
アロハ
キャンプとカヤックをこよなく愛するアウトドアな人。でも、じつは同じくらいインドアも好き。

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